【黒歴史2】兄弟差別!姉の学費は出せるけど次女は嫁に行け(涙)
みなさんこんにちは!チャンミホです!
「お前誰だよ!」
っていう人のために自己紹介をすると、わたしは
- シングルマザー
- フリーランスWebライター
をやってる人。
(超シンプル)
- いつも何かに追われてる
- のんびりが苦手
- 自信がない
シングルマザーだったらこんな経験あるよね。
わたしもいつも不安でね…寝るときもいつも硬直してたし、
夜中にもよく起きてた。
それが親(養育環境)のせいだってわかったときに全部納得したんだよねえ。
今回は「なんで自信がなくなっちゃうの?」について、幼少期を振り返ってみようと思うよ!
姉妹のスペック比較
チャンミホには3歳離れた姉がいるんだけど、
幼少期の姉妹のスペックを表にすると、こんな感じ。
姉 | チャンミホ | |
出生時 | 五体満足 | 目が悪い |
体格 | 華奢 | 骨太 |
社交性 | 友達多い | 友達少ない |
性格 | 外交的 | 内向的 |
学業 | 勉強できない | 勉強できる |
幼少期は、姉が本当にうらやましかった。
外交的な姉、内向的な妹
幼少期から性格がねじくれてたチャンミホに比べて、姉は友達も多くていつも遊んでた。
内心めちゃくちゃうらやましかったし、一緒に遊んでほしかったけど、
姉が誘ってくれることはなかった。(悲しい!)
勉強嫌いな姉、勉強しかできない妹
姉は努力が嫌いで、英語も数学も全然できなかった。
だから高校受験も危うくて、大学受験にいたっては、最初から理数系の科目が必要ない
「私立大学×文系」しか選択できなかった。
いっぽうチャンミホはというと、小学生の頃からいじめに遭っていたから、
いじめに遭わないためには、
何かで圧倒的に
ぶち抜かなければならない
って思ってた。
だから、思春期はこんな感じだった。
- 全教科90%以上の得点
- 学年1位死守
- 部活も頑張る(吹奏楽部)
- 学級委員長
こんな感じで生きてきたから、小学校中学年以降は
「頭がいいキャラ」としていじめられることもなくなった。
だけど、勉強ができればできるほど
「できて当たり前」
になっていて、弱音が吐けなくなってしまっていた。
農家の学歴の必要性
父は農家の2代目。
先進的な人で、今でも経営者としては尊敬している。
父は「これからの農家には、学歴も必要だ」
と言っていた。
姉にだけ…
長女:家を継ぐのに学歴が必要
「これからの農家は、外交的にならなければいけない」
父はずっとこう考えていて、姉には日本中を飛び回るような
経営者になって欲しいと思っていた。
だからこそ、苦手な英語・数学を克服するために
家庭教師を何人もつけた。
次女:嫁に行くから学歴は不要
一方、次女で末っ子の私は「教育費をかけても、どうせいなくなる人」の扱いだった。
しかも、我が家は両親ともに大学に進学していなかったから、
偏差値や大学ランキングで説明をしても、まったく伝わらなかった。
「とにかくお前は嫁に行け」
「俺らを楽にしてくれ」
この言葉を聞いたときに、
「何で産んだ?」
と思ったよね。
楽にして欲しかったら最初から産まなければよかったのに。
FランからFランへ 姉の進学がやばすぎる
数学・英語から逃げた姉は、MARCHもE判定で、
結局誰も知らない(少なくとも私は知らなかった)Fラン大学に行った。
びっくりしたのが、
姉がMARCHの文系学部を
ほとんど受験していたこと。
(E判定なのに!!!)
また受験料(入学検定料)は、大学入学共通テストが18,000円(3教科以上受験の場合)、
大学受験から入学までにかかる費用はどれくらい?/公益財団法人 生命保険文化センター
国公立大学の2次試験が17,000円、私立大学受験料(医歯学部等除く)は
30,000~35,000円が多くなっています。
※2021年度入学者選抜より、センター試験に代わって
大学入学共通テストが実施されています。
姉の場合、20回ぐらい受験していたから
少なく見積もっても
30,000×20=700,000
な…ななじゅうまんえん…
プラス、
- 母・姉の交通費(新幹線)
- ホテル代
とかあったから、受かりもしない受験に100万円は使っていたと思う
両親が大学受験のシステムを知らなかったから仕方ないけど、
負け試合に100万円…
ちなみに現役時代、姉は合格したFラン大学に進学したものの
「(周囲の)レベルが低すぎて病みそう」
という理由で仮面浪人→再受験しています。
(プラス300万円!)
姉がこんな感じだったから、中学生の時までは
「私も東京の大学に行かせてもらえるんだ…」
って期待してた。
(まあ、違ったんですけど)
姉がFラン大学で仮面浪人をしている頃、チャンミホは高校1年生。
「国公立なら行かせてもらえるのでは?」
という理由で、筑波大学・千葉大学・東北大学も視野に入れていた。
だけど、数学Ⅰ・Aの「順列・組み合わせ」だけがどうしてもできなくて
(関数・微積分はできていた)
理系は絶望的、国公立文系もかなり無理目だった。
両親が出した進学条件2つ
「おら大学に行きてえ!」
この気持ちが捨てられなくて、初めて親に頭を下げたのが高校1年生の時だった。
「数学の特定の分野ができなくて、理系に進めません」
「センター試験でその分野が出るので、
きっと国立文系も受かりません」
「でも大学に行きたいです」
父親は
「お前も私立に行くって言うのか?
お姉ちゃんがあんなにお母さんに苦労をかけたのに?」
と言っていて、わたしは何も言い返せなかった。
しばらく父親が沈黙した後、条件を出してきた。
その条件が次の2つだった。
- 有名大学に進学する
- 浪人はしない
ここから大学受験に向けて、一人で計画を練り始めた。
①有名大学に進学する
有名大学とは、父のなかで「早慶上智」のことだった。
当時は、インターネットも今ほど普及していなく、受験科目すら
何で調べればいいのかわからなかった。
高校の近くの書店で「赤本」を買って、受験科目を調べた。
当時、慶応大学には小論文があって、上智大学には面接があった。
早稲田は小論文も面接もなかった。
そんな折、高校で外部講師(駿台だったと思う)の先生を
招いた「外部夏季講習」があった。
その時に、駿台の先生がチラっと言った。
「どこにもなじめないやつは、
早稲田の一文に行け」
この一言で第一志望が決まった。
早稲田の一文にしようと。
※現在は文学部
②浪人はしない チャンスは一度きり
残り2年で早慶上智のどれかに進学しなければいけない。
国語・英語は問題なかったが、カタカナが覚えられず
(濁点・半濁点が見えなかったから)苦戦した世界史と
小論文対策をすることにした。
だけど、田舎の高校には「私立大学は悪、国公立こそ神」のような神話があり、
そもそも学校が私立大学の受験を推奨していなかった。
「相談先が、ねえ!!!」
田舎で勉強がわからず悩む女子高生に手を差し伸べたのが
一通のダイレクトメールだった…
塾のない田舎で難関私立に合格した方法
チャンミホの生まれ育った地域は、1時間に1本の電車に1時間乗らないと、
塾なんかないエリア。
高校の先生の偏差値もアンマだった(先生ごめん)。
でも、当時は進研ゼミがダイレクトメールを各家庭に送付していて、
それを手に取ったわたしは
「これしかねえ!」
と思った。
「あっ!これ、進研ゼミで昨日やったところだ!」
でおなじみの進研ゼミだけど、大学受験講座(名前うろ覚え)
は、完全に大学受験に特化したテキストで、
わたしみたいに私立大学を目指す高校生にはまじでありがたかった。
「お母さん、進研ゼミをやってみたいんだけど…」
のあのセリフとともに、
- 私立最難関
- 東大文系
- 小論文特化みたいな(忘れた)
を受講させてもらった。
受講費は当時3講座で月額5,000円程度だったと思う。
姉の家庭教師代が月額2万円とかそんなだったから、1/4で済んでよかった…
早稲田大学に合格!ありがとう進研ゼミ
地方の公立「進学校」だったわたしは、学校での拘束時間がめちゃくちゃ長かった。
予習・復習もあったし、土日は外部模試(代ゼミとか河合塾とかのやつ)
で、自分で勉強する時間が少なかった。
だから、朝3時~6時を進研ゼミに充て、とにかくコツコツ勉強していった。
だけど世界史が足を引っ張って、最後までA判定が出ることはなかった。
しかも、最終的に受験する大学を1つに絞らなければいけなかったので
センター試験以外は早稲田の一文しか受けられなかった。
「こんなんで受かりっこない」
「受験に失敗したらどうなるの?」
毎日不安でいっぱいだった。
そんな中、電話で問い合わせた結果は
合格だった。
合格して一安心したものの、両親に何て言っていいかわからなかった。
「合格したって」
そう伝えたとき
「仕方ねえな」
と父が言い、わたしは無事に進学できることになった。
兄弟差別をする親の心理
「兄弟差別」っていっても、親側からすると、自覚はないのかもしれない。
たとえば
- 兄弟・姉妹の気質を理解できない
- 親が完璧主義で子どもを許せない
など、親側にもさまざまな事情があるのもわかる。
だけど、兄弟・姉妹間で差別をされて育った子どもは、
少なからず人格形成に影響が出る。
たとえば、あなたにもこんな経験はなかった?
- 「私なんて…」と自分を否定するようになる
- 大人になっても自己肯定感が低い
- 他人を大切にできない
原因不明のやる気のなさは、親の兄弟差別が原因になっているのかも。
次回は、兄弟差別でコミュ障に育ったチャンミホの
大学生活編をお送りするよ!
勉強ができても、自己肯定感がないと人生は詰む。
一緒に幸せになろうぜ!